パチンコ依存症で借金・・キャッシングやカードローンで破産寸前。過払い金請求で債務の立て直しに成功

パチンコ依存症で借金・・キャッシングやカードローンで破産寸前。過払い金請求で債務の立て直しに成功

  • 名前:安部 佳苗(仮名)
  • 性別:女性
  • 会社名:OMC(現セディナ)、シティックス、米日信販、アコム、レイク
  • 借入件数:5件
  • 利用時期:1994年10月〜2010年12月
  • 当時の職業:大手生命保険会社、結婚後専業主婦
  • 当時の年齢:22歳〜38歳
  • 当時の借金の合計額:190万円

 

私の借金の歴史はそのままパチンコ依存症に陥っていた歴史でもあります。
高校を卒業し就職してすぐ、待ち合わせの暇つぶしで入ったパチンコ店で、当時のアレパチ機種で大連チャンを引き当て、
なんと17万円も勝って以来パチンコの虜になりました。

 

やり方もわからないようなドシロウトがあんな短時間で大金を手にする事が出来るなら、
やり方をマスターして時間を費やせばパチンコだけで食べていけるはず・・

 

そんな事を目論みつつ、仕事が休みの日は開店からホタルの光が流れ出す頃まで、パチンコに興じました。

 

当時(平成5年頃)はアレパチを初め、名だたる連チャン機が全盛期で、一度当たれば10万超えが当たり前だったので
リーチが続き始めると「もうすぐ夢の大連チャン」と気分がどんどん高揚していき、両替機と台を何度も往復しました。

 

確かに、大連チャンするような機種はハマリも深かったのですが、その分絶望的にリーチが来なくなったので、
ハズレ台の見分けが今よりもしやすかった上、当時はお札を両替しなければいけない手間もあり、
財布の中身を確認したりほかの台を見て歩く、など行ないながら頭を冷やす時間があった気がします。

 

開店から打って調子が悪ければ、心細くなるフトコロと相談するくらいの常識はまた持ち合わせていました。

 

私の経済観念が完全崩壊して、借金をし始め、クレジットカードの限度額を銀行貯金と錯覚し始めたのは、
パチンコ業界がプリペイドカードを導入し、お金を自分の手で挿入しなくてもよくなった1994年からでした。

 

1万円のプリペイドカードを開店時に購入し、後は狙いをつけた台にドッカリ座って食事もとらず黙々打ち続けていました。
明らかにこの台は出ないと気付いた時にはもう深入りし過ぎていて、自分が入れ込んだ台を移動したとたん他人に出されるのが悔しくて、
馬鹿みたいに同じ台に入れ込む病的な打ち方に変わっていきました。

 

仕事は入社3年目で慣れない業種へ回され人間関係も上手くいかなくなったので飛び出すように退社しました。
パチンコ台に座っているほうがずっと楽しい、私は仕事を失った辛さよりも、これで毎日朝から晩までパチンコが出来るという
晴れ晴れした気持ちでいたのです。

 

パチンコをしているときの私にとって、お金は玉を出すための紙切れでしかなく、パチンコ台は至福の喜びを提供してくれる
生活そのもの運命共同体のようなものでした。打ち込めば必ず出る、というドシロウト感性の人間はパチンコ業界にとって格好の餌食、
そんな当たり前の事が当時の私にはまるでわからず、仕事をやめた私の貯金はわずか3ヶ月ほどで底をついてしまいました。

 

当時一人暮らしをしていた私には、当然の事ながら生きていくための支払いが付いて回ります。
さすがにその時は一度パチンコをやめる決意をし、実家に戻って親の勧めで見合いをして、今のだんなと結婚し家庭に入ったのです。
しかし、夫とたまたま入ったパチンコ店で大当たりを引いたとたん、押さえ込んでいた私のパチンコスイッチが押されたのです。

 

「家事さえこなせば大丈夫」毎日、猛スピードで家事を済ませ、開店と同時にパチンコをする日々に逆戻りしてしまいました。
専業主婦だったので生活費に手をつけ、給料日からわずか1週間で残金5千円まで使い込んでしまい途方にくれていた時、
専業主婦でもキャッシングが出来る事を知ったのです(平成5年当時)。

 

一番初めにキャッシングの申し込みをしたのはOMCカードでした。よく利用する店のレジに置かれていた申込書を持ち帰り、
夫に内緒で書類を揃えポストに投函しました。夫は公務員で安定した収入があったので、専業主婦でもすぐにカードが作る事が出来て、
むしろ余りにも簡単過ぎて拍子抜けしてしまったほどでした。
2週間ほどでカードが送られてきて、ATMで容易にお金が借りられたので借金をしているという思いは皆無になってゆき、
申し込み時に抱いていた罪悪感や良心の呵責といったものはどこかに吹っ飛んでしまいました。

 

「期日までに返しておけば大丈夫」と能天気に考えていました。
すでにこの時点で、パチンコ依存症の末期状態にあった私は、パチンコちょい負けぐらいでも金を借り入れて、
家を出る前と同じ状況にして帳尻合わせをして、「私は負けていない」と自分に暗示をかけパチンコ店に通い続けるという
尋常じゃ考えられないところまできていました。

 

財布にお金があっても、前日大勝していても負ければ補填する異常行動を繰り返したのです。
気がつけば限度額いっぱいに達し、後は返して借りるという行動を繰り返しました。
残高が1万円でも残っていたら飛びつくように借り入れました。大きく負けて所有しているカードの限度額で追いつかなくなれば、
新しくカードを作ったのです。

 

申し込みも、郵送から無人契約機、インターネットに変わり、携帯で簡単にキャッシング手続きが出来たので、
リーチが続いて手持ちのお金が底をついたときなど、右手でハンドル、左手で借り入れ手続きをした事もありました。

 

子どもも2人生まれたのですが、妊娠中はもちろん、出産してもなお寝返りをうてる時期までは、子どもが寝ているスキを見てパチンコ、
食事中の札をおき、授乳を済ませ再びパチンコ店にダッシュで戻る日々でした。
子どもがチョコマカ動き始め、目が離せなくなると無認可託児所に預け、働いてもいないのに月極料金を払っていました。

 

すべてはパチンコをする時間が欲しかったから。まさにパチンコするためにお金を使い借金を重ねる毎日でした。
やがて業界も多様なリーチ台の普及、連チャン機種の廃止、台に直接1万円札投入OKと変遷していき、
とうとう私の財政は破綻を迎えました。初めて借金してから実に16年もの歳月が流れ、
ようやく5社の借金と正面から向き合う日がやってきました。

 

だんなにすべてを打ち明け、離婚して必死で働いて必ず返すと土下座して謝ると、
「パチンコ依存症は病気だから、お前のせいだけじゃない。一緒にやり直そう」
と言ってくれたのです。

 

専門医に通いながら依存症を克服し、夫は、私が書き出した借金の経緯を念入りに調べ、
当時からCMで流れ始めていた過払い金の相談をしに弁護士を訪ねました。

 

面談をし、借り入れ期間が16年を超える長期間に及び、限度額50万円を延々借りてきた、
OMCとシティックスの2社で過払金申請を依頼しました。
まず翌月から返済中断、その間の取り立てもなく3ヶ月ほどの調査の結果、2社合わせて今後の返済はゼロ、
加えて過払い金がナント168万円ある事がわかり返還されてきたのです。
それを使って米日信販とアコム、レイクの借金を一括返済し、190万円の借金が一気に解消されました。

 

パチンコ依存症のほうは、3年治療に通っている今もなお、たとえトイレを借りることでもホールへの立ち入りをすれば、
一気にパチンコにのめり込むレベルだそうです。
けれど、もうパチンコ店のCMやチラシを見ても、朝10時前になっても、心を乱す事はなくなりました。
余りにも大きな代償を払いましたが、16年の借金から開放された今は、パチンコ優先で美容室にも参観日にも行っていなかった日々を
取り戻すように、自分のために家族のために時間を使っています。

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